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ラベル Proletarier労働歌★味噌と少しの野菜を喰らふ日々 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2007年5月3日木曜日

更に参ぜよ…!

江戸時代、辻月丹という剣士は凄腕だったけれども、「兵法」が流行らなくなった時代のせいで、せっかく開いた道場があまり繁盛しなかった。
糊口をすする日々の中、黙々と修行に打ち込んだ月丹は、

 万法は一に帰す。
 一はいずこに帰するや。
 更に参ぜよ、三十年。

という名言を後世に遺したそうだ。
戸部新十郎著の『剣士の名言』という本を見ると、この言葉の詳しい説明があるが、言葉が深すぎて、このようなブログで引用していちいち説明するのが野暮ったい。
とりあえず解説の末尾だけ拾うと、━━修行は終わるものではないので、三十年修行をしたら、また改めて一から三十年やれ。━━…というようなことらしい。

主人が、10年着古して繊維の変色したYシャツを捨てようとしていた。
私はそれをゴミ箱から拾って、台所で、出がらしのコーヒーかすとみょうばんを使って、淡い渋い色に染めてみた。
なかなかいい色に染まった。
まるで、新品のYシャツにも、見えなくはない。
黙って会社に着ていっても、誰もヘンなシャツとは思うまい。
染め上がったシャツを主人に見せて、上の辻月丹の話をして聞かせると、主人は慄いて、

「…で、それをまだあと三十年着ろと?」

…三十年とまでは言わないが、まぁ、そういうことだ。

2007年3月13日火曜日

現金主義

確定申告に行って、世の中には“現金主義”という言葉があることを知った。

青色申告をしている人が、何やら大声で「現金主義!現金主義!」とのたもうておられるので、「イミはわからないけれど、もの凄い思想だなぁ…」と思っていたら、何でも「現金主義用」の申告の用紙があるらしい。

私も一度、

「私は現金主義です!」

とか言ってみたい。
なんか凄味があるから。

2007年3月8日木曜日

電子政府

確定申告で、申告書の提出をあまり期限のギリギリにすると、忙しすぎる署員たちがキレ気味で相手をしてくれないので、私はなるべく2月中に申告することにしている。
ちょっと計算してみたが、今年は定率減税が昨年よりも減っているので、還付金も冷蔵庫が買えるほどの金額にはならなかった。
この調子で、この後は確定申告する度に、ますます国民の怒りが蓄積されていくのだろう。
しかしここで、みんなが怒っているからといって、調子に乗って怒りはじめるウンコブルジョアらに関しては、その怒りはお門違いというものだ。
金持ちならば「喜捨せよ」と、唯一の神・アッラーが仰っている。

さて今年、税務署に行ってみると、昨年と何だか様子が違う。
タッチパネルの機械の台数が減っていた。
…こんなに機械を減らして、期日の直前に押し寄せる納税者を、さばききることができるのだろうか。
と、署員に理由を訊くと、

 「『e-tax』をもっと普及させたいから」

というのが、どうやら機械を減らした理由らしい。
「e-tax」を普及させて、電子政府を実現するため、などとパンフレットに書いてあった。
“電子政府”…、凄い言葉だ。

  「ワレワレハ コクミンノ コクミンニヨル コクミンノタメノ…」

みたいなことをほざくアンドロイドが国の中枢にいるような、SFチックな妄想を描いてみる。 

「e-tax」とは、申告も納税も自宅からインターネットで行う「電子申告」のこと。
便利なようだが、事前の手続きや開始届の提出などが必要で、「e-tax」の説明を訊けば訊くほど、私には必要ない、と思えてしまうのだった。

それに過日、外務省だったか、確か莫大な予算を使って整備したんだろう、パスポートの電子申請が、利用者が少ないので廃止になった。
…そのことを考えると「e-tax」も二の舞を踏むような予感がしてくる。
国税庁は、自分で自分の首を絞めているような。…
と、署員に言うと、

「…そうならない為に、『e-tax』を普及させたいのです!」

という答えが返ってきた。
まぁ、署員の方は「ワシもそう思う」とは、口が裂けても人前では言えまい。

しかし、「e-tax」の整備の費用もまた“血税”である以上、それがムダにならないように、税理士らに申告をお願いするようなウンコブルジョアらはもちろんのこと、ただのお金持ちも、「e-tax」を利用して、電子政府の実現に協力すべきだろう。

2007年2月9日金曜日

嗤う、銀行員

一万円から始められる投資信託。
…私が投資信託なんかしても、銀行員が影でワラっていそうだ。

「これっぽっちしか預けられねーの!ハハハ…」

「貧乏人のくせに、ナマイキにゼニ儲けしようとすんなよ。」

「こいつバカじゃねー?この先、どうやって生きていくつもりなの?」

2007年1月21日日曜日

『マンガ蟹工船』③

そうして、本屋で注文した『マンガ蟹工船』は、なかなか届かなかった。
やっと届いた、と思った時に、この『マンガ蟹工船』の解説を書かれた、島村教授の方から、ブログにコメントを下さった
…びっくりした。
これは絶対、小林多喜二の陰謀だと、私が思わないわけはなかった。
多喜二の精神が、草の根で蠢いている気配を、私はそれとなく感じる、今日この頃だ。

しかしなぜ、まだ“小林多喜二文学賞”が世の中に無いのか。
世界レベルで将来のプロレタリア文学の作家を発掘してもよさそうなものだ。
小樽生まれの石原都知事あたりを、“小林多喜二文学賞”の選考員に…って、彼ならその前に“石原慎太郎文学賞”の設立を願うか。

『マンガ蟹工船』②

正直、『蟹工船』をマンガにできる猛者などいない、と思っていました。
この『マンガ蟹工船』を描いた藤生ゴオ氏も、結構苦労なさったと想像します。
しかし、元がスクリーントーンの使い方も節度のある、暖かい劇画タッチで、「汚く」描くには限界があったのでしょう。また、あまりにギョっと思うような場面は、さすがに割愛されております。…全体的に「キレイ」に、マイルドな仕上がりであると思います。

個人的に『蟹工船』を描いてほしい漫画家を挙げると、まずヘタウマの巨匠・漫★画太郎。…でも、漫★画太郎なら、娯楽と笑いに徹するでしょうから却下。

あり得る!と思うのは松本大洋、なんてどうでしょう。
ただ松本大洋は、細部にまでこだわって描く神経質なタイプだと思うので、描いている間に発狂して、追い詰められて自死…、とか考えると、『蟹工船』は却下かなぁ。

そう考えると、藤生ゴオは画のタッチも、本人の神経も、比較的図太い“猛者”かなぁ、などと勝手に考えてしまう。

2007年1月20日土曜日

『マンガ蟹工船』①

このブログでは、「かつての“プロレタリア文学”に敬意をを込めて、できるだけ醜悪なものを綴ろうか、と思っている。」と、設立時に書いたものの。
今見直しても、まったくかつての“プロレタリア文学”の醜悪さには及ばない。
せいぜいが「ウンコ」ぐらいで、私のブログはキレイなもんだ。

ところで、『蟹工船』がマンガになった。
今、手元にあるけれど、正直、小説の醜悪さには及ばない。
画は劇画タッチで読み易いのだが、この読み易さが曲者なのだ。
しかし、『蟹工船』の字面だけ追っていても、画が浮かばない言葉が多いので、マンガを読んで初めて「そういうことだったのか…」と知ったこともある。

例えば、“周旋屋”。これがすこぶる外道でびっくりする。
蟹工船の工員に、仕事の仲介をする、今の時代の派遣会社みたいなものでしょうか。
私の主人を雇ったクソアホバカオナニー社長が、この周旋屋に匹敵するのだろう。

それと、「川崎」と言っていたものは、川重ではなく、そういう名前の舟だった。
…私は全く、何を思い描いて字面を追っていたのか。
いや、文面から発せられる悪臭の耐え難さに、中盤から斜め読みでしたから、きちんと理解はしていなかったと思います。

こんな私のような者がいるので、大筋を押さえるには、このマンガは便利です。
便利だし、今の時代に「なぜ『蟹工船』か?」という解説も、しっかりついているので、出版にあたってはさしずめ“機は熟した”感でしょうか。

2007年1月19日金曜日

「赤坊」の行く末

『カインの末裔』の冒頭の赤ん坊を「茹で蛸のような…」と表記したが、間違いだった。
今はネットの青空文庫で、『カインの末裔』や『蟹工船』、その他諸々の文学に触れることができる。
見ると、「茹で蛸」ではなくて、「章魚(たこ)のように頭ばかり大きい赤坊」となっていた。…そのへんの間違いは、何しろ20年近く昔に見たものだから、仕方ないっちゃあ仕方ない。

この「章魚(たこ)のように頭ばかり大きい赤坊」は、人でない暮らしを強いられた貧しい民に内在する“命”たるものの象徴のようだ。
“何でこんな邪魔なものが在るのか”と、この「赤坊」の存在は、物語中で疎ましげに映る。

そして、この「赤坊」は、最後には、一時の飢えをしのぐための食物と成り果てる。
由々しきことに、これは過ぎた昔の話、とも言い切れない。
今尚、命がないがしろな世の中だ。
「章魚(たこ)のように頭ばかり大きい赤坊」のような行く末を辿る子らは、実際、まだ生まれてきている。


非道な雇用主に、何度もウソをつかれ、裏切られた人々は、希望も労働意欲も失っていく。
裏切られ続け、心の荒んだそんな人々の殖やした子らは、親から、友から、目を覆いたくなるような陰惨な虐待を受ける可能性もある。━━何しろ、心の荒んだ人々には、モラルの何たるかが理解できないのだから。
弱い者が、更に弱い者を探し、連鎖するイジメも虐待も、この国から無くなることは無い。…

すべては、目先の利益にしがみついて、世からモラルを排斥した、支配者階級の愚行が引き起こしたことである。

2007年1月14日日曜日

本末転倒

「愛」を強制されれば、愛せない。
愛する気持ちは、勝手に芽生えて、それで勝手に愛するからいいものなのに。
「愛」が薄汚れて、偽善めいた響きを醸し出すのは、「愛」をワケのわからんところで持ち出して、乱用して、誤使用するからだ。
「愛国心」の前に、現状は「愛って何?」。

「死を美化しちゃいけない」なんてお小言も、上っ面のきれい事になりつつある。
「死んだら負け」が、「死んだ者勝ち」であり、「死んだって何にもならないヨ」が、「生きてたって何にもならないヨ」なのだ。

今になって、ようやく気づいた。
「働いたら負け」だと言ったニートは、正義だった。

「善いこと」を、表に出してはいけない。
ユダヤ人をかくまった反ナチの市民のように、「善いこと」は隠していなければならない、それが今、私を取り囲む世の中なのだ。

ニッポン、バンザイ。
美しい国、バンザイ。

2007年1月12日金曜日

酷すぎる

“みずほマイレージクラブカード”を作るの、断られた。
借金は無いのに、何がダメなのか、クレディセゾンに問い合わせするも、一切応じないと言われた。

個人情報差し出しているのに、「一切応じない」って、酷い。
酷すぎる。
バカにし過ぎだ。
生活の不安定な、貧しい労働者は死ね、って言っているみたいな応対だ。

信じて問い合わせなんかした、私はアホだよ。
こいつらにこんな応対される筋合いなんか無いのに。
悲しくなって、泣けてきた。

私らが死ねば、国家が喜びこそすれ、誰も悲しむことはないのだ。



(支配者階級様のご本意)

命や人のためや幸せなんてものは、
きれいごとに決まっているだろう。

社会はパワーゲームだよ。
そうでないと信じているなら、
よほどのバカか青二才だろうな。
労働側に力がなければ、
そりゃ、経営側に押されて当然だろう。

役立たずに相応の境遇が与えられているだけなら
何も問題はない。

おまえは契約社員かも知れんが、
別に飢えて死にかけている訳ではあるまい。

おまえら生まれた時期が悪かったな。
共産党なんぞを頼りにしても無駄なこった。
潔く餓死しろ。


いよいよとなったら、ハンストでもして、死ぬか。
議事堂前で「経団連と手を切れ」のプラカードを掲げて。
飲まず食わずだと、3日間だそうだし。
それとて、ウンコブルジョアの目を喜ばしむる、ちょっとした楽しいショーに過ぎないだろうが、ただ死ぬのでは芸が無い。

意を同じくする、崖っぷちの誰彼が、わらわらと、ハンストで自死するのが流行ればいい。
いじめの自殺と同じように。

2006年12月14日木曜日

『週刊PROLETARIER』

雑誌は土日に図書館で読む。
しかし、情報や広告が全て金持ち向けで、どれもこれも似たり寄ったりで、世の中の雑誌の殆どが、あまり面白くない。
絶対に私が金を出して買うことなどありえない、『家庭画報』やら『ソトコト』やら『プレジデント』など、ブルジョアのウンコ臭を楽しむスカトロの如くに斜め読みする。…熟読すると、怒りで頭がオカシくなるから、斜め読みだ。

 『週刊PROLETARIER』
 『月刊ぷあ~ず』

…そんな雑誌が世に出たらなぁ。
しかし、貧乏だから、週刊誌だったら買わないなぁ。
せめて隔月、季刊とかな。

「貧しい暮らしの情報が満載!」
「ビンボー暮らし、応援します!」
「ステキ♪ちょいモテ ビンボーファッション!」
「死んだほうがマシ?カリスマ貧乏人、かく語りき!」
「こう生きる!路上生活のススメ」
「正しい残飯の漁り方」
「今日のビンボーさん」
「老いてなお、極貧」

…そんなキャッチフレーズで、表紙が飾られている。
表紙の人は…、誰だろう?
そして、雑誌の売り上げの一部は、貧困層への助成金として、極貧層の生活向上のサポートのために役立てられるのだ。
そこらへんは『Big Issue』とは異なるところ。
『Big Issue』ならば、売り上げすべて販売員のものだし、雑誌の内容は普通のニュースだしな。

しかし、真に貧乏人の役に立つ情報雑誌というより、面白がって買うのは、お金持ってる、ウンコブルジョアジーらなのだろうな。
彼奴らがジェーン・フォンダ主演映画『ひとりぼっちの青春』みたいに、貧乏人を笑って楽しもうって雑誌になるんだろうな。
ああ、嫌だ嫌だ。

おいこら。そこのウンコブルジョア。
人目を憚って、こっそりキヲスクで週漫買ってんじゃねぇぞ。
貴様らには、一週間すらユカイに生きる資格など、ない!!!

2006年12月7日木曜日

食わず嫌いのカニ缶④~経緯

「格差社会」が叫ばれる昨今、かつての“プロレタリア”のようなものが増殖するのも当然の話で。
そうなると、…と、私に一つのヒラメキが降りてきた。

…文学界にプロレタリア文学が復活するのでは…!?

“国”が「格差」の問題についても、人として、真っ向から取り組みでもしない限り、多分この先の時代は、バブルの頃と違い、浮ついたものだけが受け入れられるような時代とは違うだろう、…と予測した。
貧しい、苦しい、ひもじいなどと、卑屈な寒々しい物語を描く物書きらが、ボロボロと世に出て来て、人々の共感を煽りだすのでは…?
それがひとつのムーブメントになったら…、これに乗らないテはなかろう。

この予測が当たれば、私は将来、占い師になって“プロレタリア”からの脱出を試みる。…しかしそうであっても、ブルジョアと呼ばれる者には、なりたくない。
『カインの末裔』との出会い以来、“プロレタリア”ということが、これほど意味を持ったことはなかった。


このブログの『Proletarier労働歌』のタイトルと、テーマの経緯は、このようなところである。
ここでは、かつての“プロレタリア文学”に敬意をを込めて、できるだけ醜悪なものを綴ろうか、と思っている。
…しかしそれでもせめて、「クソ」は「ウンコ」と表記しようか、と目下悩むところである。

2006年11月1日水曜日

食わず嫌いのカニ缶③~己を見よ!

「まぁ、私は『蟹工船』を読もうが読むまいが、カニはダメなんだけどね。」

と、エビ・カニに本当に身体的にアレルギーのある私の友人の愛読書の中には、かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』があった。
ウヨッキーな彼女が『蟹工船』を読んだ時、この小説では「赤化」という単語がプラスの意味で使われている、ということに驚愕していた。
…私はそういう方向からの見方があったのかと、友人の読解力に驚愕していた。

そんな友人と会った時、私は日々募る鬱憤をぶちまけていた。
話を聞いた彼女から、

「なんか最近、あなた、プロレタリアっぽいわよ。」

と、的を得た一言を頂戴した。
意外にもその時、私には“プロレタリア”に対する拒否反応が無く、素直に頷けたのだった。
そこで、生まれも育ちも“プチブル”の私は、もしかしなくても、今、「資本主義社会で生産手段をもたず、自分の労働力を資本家に売って生活する賃金労働者の妻」━━“プロレタリア”━━であることに気づいた。

…あれほど忌み嫌ったものが、私自身であったとは!

2006年10月31日火曜日

食わず嫌いのカニ缶②~『蟹工船』

有島武郎以来“プロレタリア”なものは避け続けてきた。
しかし、昨年、ちょっと魔がさした。
図書館に用もなく訪れて、何気に文学集の中に『蟹工船』を見つけた。
ふと、昔社会科の先生が言った「カニ缶が食べられなくなった」話を思い出して、うっかり『蟹工船』を手にとってしまった。
有島武郎の『カインの末裔』を読んだ時のことが、フラッシュバックで蘇った。…

ああ、これはカニ缶食べられなくなるわ。…

聞きしに勝るエグさだった。
中盤は、ほぼ斜め読みだったのにも関わらず、文面から漂う悪臭は凄まじかった。
それ以後、私もカニ缶、及びカニ料理が食べられない。
さらに私を仰け反らせたことに。
日比谷にある料亭の名前が「蟹工船」だった。
…食品を扱う店の名前じゃ、ないですよッ!
私は精神的なカニアレルギーを患ってしまっていた。…カニスティックならOKだ。

しかしやっぱり、理解できん。この極めつけの醜悪さ。なんでこんなものが図書館にあるんだ…。
世ではこの衝撃というか、エモーションをも「感動」と呼ぶのか。
多分、“プロレタリア文学”の作家たちは、あえてこの「感動」を狙って、カニ缶が食べられなくなるほどの作品を描いたのだろう。“プロレタリア文学”が「文学史」に残るほどの偉業だと

2006年10月30日月曜日

食わず嫌いのカニ缶①~『カインの末裔』

高校生の頃、図書室で、有島武郎の『カインの末裔』を読んだ。
冒頭の乳児の描写が「茹で蛸のような…」ときたもんだ。
乳児を愛情を持って眺めるような視線が全く感じられない。
そして文面から肉と体液と汚物の悪臭が、激しく臭ってくるような錯覚に陥る。
読んでいくと、何気に口の中に不味いものが広がってくる。
…この本、内臓にくる…!!!

これが、私の“プロレタリア文学”との出会いだった。
…臭っ!これが“プロレタリア文学”か…っ!!!

結局『カインの末裔』は、最後まで目を通さず、私は逃げ出した。
以後、有島武郎のものは、絶対読まないと決めた。
何故こんな醜悪なものが、「文学史」の一ジャンルとして、しっかりと刻まれているのか、私には理解し難かったし、これを時に押し流させて風化させてしまわず、わざわざ残した、先人たちの神経も疑った。…しかし。

「もっと凄いのがある。」
と、社会科の先生は言った。

「それを読んだおかげで、僕は今もカニの缶詰が食べられないんだよ。」…

…そう、小林多喜二の『蟹工船』である。