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2007年3月9日金曜日

世界中の不安と悩みを掻き集めた日々

「拝み屋」が最初に私を見た時、「あなたは1千体以上の霊を背負っている」と言った。
どこの、何の霊だかわからないが。

私はあの頃、世界で一番不幸な子だった。
私よりも更に不幸な子を見出そうとしたが、どう頑張っても、私の世界では私が一番不幸だった。
世界の重さに押し潰されそう、…いや、押し潰されていたのだ。
どんなに天気が好くても、心が晴れたことがなかった。

“若さ”とは、そういう自分中心の身勝手さも含むものなのだと、今なら思う。
“若さ”の悩みは、ただ考えるだけで解決することはなかった。
やはり、時間が押し流して、いつの間にか肉体が細胞分裂を繰り返しているうちに、歳を重ねて、“若さ”を振り返るところにまで到達しなければ、何も見えてこない。

…ただ、私の悩み苦しみは“若い”だけではなかったのだが。

しかし反面、心を病んだ時期が“若かった”ことが、後の救いになった。
世界中の不安と悩みを掻き集めて、「一生分悩んだ」と言えるほど、若い日々を無謀に悩み尽くしたお陰で、今は腹を括って生きていける。

そして、“若さ”故に見えてくることもある。
と考えると、生きるその時、その瞬間ごとに、その時点での「旬」を、それなりに私も味わっているのだ。


1千体以上の霊は、かなり年月は掛かったものの、その後きちんと落ちたようだ。