あの時、演劇科の推薦入試を受けたのは、運命だったのか。
自宅の裏にも普通科の高校があった。
普通に、あそこを受験しておけば、高校時代の三年間、七転八倒の苦しみに悶えることは無かった。
近場の高校にすればよかった。
そうすれば一日往復5時間もの通学時間も無く、その分の時間を、多分、勉強に費やすことができた。
そのことを高校に入学してから、どれほど悔やんだことか。
中学時代、私は演劇部で、やたらと声がデカかった。
その上、結構な“韋駄天”だったので、体育の成績がこれまた良かった。
目立つ生徒だったので、生徒会役員もやった。
生来の性格が生真面目なのか、そんなこんなで内申書の出来がすこぶるよろしかった。
しかし、数学が元々大の苦手で、普通入試の時にヘタすれば、数学のただ一教科で、志望校の合格点に届かない可能性があった。
それを危惧した中学時代の恩師が、私に「演劇科」の受験を薦めた。
「演劇科は推薦入試で、受験に普通科目が無い。」
…その上、私は演劇部員だったし、正に「演劇科」は私のための高校だと、そこまで言われてテングにならないわけがない。
小さい頃からバレエをしているであろう子たちと肩を並べるために、受験日までの毎日、勉強の代わりに柔軟体操をした。
小さい頃から声楽を習っているであろう子たちと肩を並べるために、中学の音楽の先生が放課後付き添って、声楽のレッスン的なものを催してくれた。
そうして学年の先生たちが頭をつき合わせて、完璧な私の内申書をこしらえてくれた。
そうまでして合格した高校だった。
色んな人たちに、私は感謝しなければなるまい。
お陰で一足先の2月初頭には進路が決まり、周りの同級生たちが必死で勉強してる最中、私一人が左ウチワでのほほんとしていた。
…その天罰が下ったのか。
往復5時間もの通学に耐え得る体力が、私には無かった。
運動神経と体力が別物だということを私が思い知った時は、既に遅かった。