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2007年1月29日月曜日

やってられるか

こんな状態で、マトモに勉強なんかやってられるか。

あの頃、人生の悩みという悩みを全て悩み尽くした感がある。

「なぜ、私はまだ死んでいないのか?」
「私はいつまで存在しなければならないのか?」

それを四六時中、自分自身に対して問うていた。
軽さも重さも、「存在」が耐え難かった、あの頃。
私はあの頃、ちょっとした哲人だった。
「青春とは」と問われるならば、何だか、ドロドロの混沌(カオス)の中でもがき苦しんでいる、それが「青春」だと、私なら言う。

思春期はどうも、心の成長と身体の成長のバランスが取りにくい。
そのアンバランスの激しい揺れにエヅきながら、必死でどうにか「存在」に耐えている。
しかも、研ぎ澄まされた鋭敏な己自身の感性でもって、更にまた自滅するように傷付いていく。
この苦しみの中、安易に答えを求めて彼岸へ旅立つ人の気持ちも、わからなくはない。
では、なぜ私は、精神的には「死」んでいた思春期のあの時期に、肉体の「死」を選ばなかったのだろう?

眠過ぎて、色んなことが面倒臭かった。
当然、死ぬのも面倒臭かった。
それで、だましだまし生きていた、…ということだ。今思えば。

それ故、私の人生のモットーは、今でも「だましだまし生きる」に尽きる。